あの頃の神戸市 阪神大水害
1938年7月3日から5日にかけ、台風に刺激された梅雨前線が阪神地域に集中豪雨をもたらしました。神戸測候所の観測では、3日間降り続いた雨量は461mmに及び、これは神戸の年間降水量の3分の1にあたりました。特に5日は午前9時から3時間で134mmの激しい雨が降り、その結果、河川の大規模な氾濫や六甲山の斜面崩壊、土石流などが発生しました。当時人口100万に迫ろうとしていた神戸市の被害は特に大きく、各区の調査によると、死者616名、負傷者984名を生じ、全市の48%に及ぶ戸数が流失または床上・床下浸水の被害を受けました。また、大都市での災害であったために、プロ・アマチュアを問わないカメラマンが多数の映像記録を作成しました。